HOME>世界農業遺産「能登の里山里海」ライブラリー>農林水産業>里海と漁業>多様な環境と魚種 農林水産業>里海と漁業藻場と海藻利用(1)藻場の特徴世界には約9,000種類の海藻があり、そのうち日本には、およそ1,500種類、石川県には200種類以上が分布しているといわれている。このうち約30種類は、能登地域(主として珠洲市、輪島市)で食用にされている。
日本海の藻場の特徴は、潮間帯(満潮線と干潮線の間)に多種の海藻が混在していることである。太平洋側では、潮位差が約2mにもおよぶため、潮間帯の海藻は、地層のように一定の幅で帯状に分布している。日本海側は、潮位差が数10pと小さく、遠浅でもないため、潮間帯の幅が狭い。そのため、上述のようにモザイク状に藻場が形成されている。また、日本海では、潮位差による分布の差はあまりみられないものの、季節によって様々な種類の海藻がはえかわるため、季節差があることが特徴である。
海藻の種類は、太平洋側の地域では、アラメ、カジメ、コンブが多いのに対し、石川県では、ガラモ場(ホンダワラ科が主)が多いことが特徴で、冬には水面にたなびくホンダワラが見られる。
能登地域における藻場の分布や資源量に関する体系的な調査は、環境庁自然保護局(現:環境省自然環境局)による「第4回自然環境保全基礎調査」(平成6年(1994年)3月)を除き、これまでほとんど行われていない。この調査結果によると、石川県の藻場は、「加賀市から能登半島先端の禄剛崎までのホンダワラ場、アラメ場に代表される外浦地域、禄剛崎から富山湾にかけての岩礁地域におけるホンダワラ場、同海域での砂泥におけるアマモ場の大きく3つに区分される。」とされている。波が比較的荒い外浦側のホンダワラは、長さが短く、一方、波が穏やかな内浦側のものは、長さが4〜5mにもおよぶ。
(2)主な海藻の種類と利用能登における海藻利用の歴史は、古墳時代にまで遡るといわれる。能登町九十九湾周辺では、古墳時代から平安時代にかけての製塩土器が発掘されている。当時は、ホンダワラ類を海藻に浸して、塩分濃度の濃いかん水を作り、それを土器に入れて煮詰め、藻塩を作っていたと考えられている。
現在でも能登地域では、輪島市、珠洲市を中心として、約30種類もの海藻が食されている。そのほとんどは資源量が少ないため、広域には流通しておらず、地元スーパーや個人での販売がほとんどである。
海藻の採取方法は、その種類によって異なるが、海岸に打ち上げられているものを拾ったり、鎌を使って刈ったりすることが主である。テングサなどは、海女が素潜りで採るものもある。海藻の採取にあたっては、限られた資源を持続的に利用するために、根ごと引き抜かないようにすることが大切である。石川県の漁業調整規則により、採集禁止期間が設けられている海藻もある。
冬の天候の良い凪の日には、岩場でイワノリとりを行う女性たちの姿や、成型したノリを天日で干す光景を能登地域のあちこちで見ることができる。
《季節ごとに食されている海藻 》※()内は和名 :主な食べ方 【春】 【夏】 【秋】 採集した海藻を長期保存する場合は、細かい砂や石などを取り除き、塩蔵や天日干しを行う。かつては、ワカメの灰干しなども行われていた。最近では、冷凍保存も行われるようになり、年間通して海藻を利用できるようになった。板海苔にしたイワノリ、ハバノリは、希少価値が高く、高値で取引されているほか、輪島市の舳倉島や志賀町でとれるワカメも、ブランドとして引き合いがあるという。海藻の採集は、地元漁業者の貴重な現金収入の機会となっている。
海藻は、仏事や神事の料理にも利用されてきた。カジメの煮物は、報恩講料理に欠かせず、葬式では、葛きりではなくウミゾウメンを食べることもある。食用以外でも、正月の鏡餅の飾りとして、干した海藻を用いる家庭も多い。海藻の利用は、能登の生活に深く根付いている。また近年では、健康志向の高まりから海藻の利用が見直されてきている。
写真 ワカメの天日干し 写真 代表的な海藻と調理例
(3)生物多様性との関わり藻場は「海のゆりかご」と言われ、海の生き物の重要なすみかや産卵場所となっている。前述のように、石川県の藻場には、多種類の海藻が混在し、複雑で多様な環境が作り出されているため、多様な生き物が生息するのに適しているという。また、藻場は水質浄化にも重要な役割を果たしている。
海藻は、河川を通じて陸域から運ばれてくる栄養分によって成長する。海藻やその付着藻は、小型甲殻類の餌となり、それがさらに藻場に生息する底生魚類の餌ともなる。例えば、アカモクは、魚のすみかや隠れ家だけではなく、産卵場所ともなっている。また、カジメ類は、ウニ、サザエ、アワビの餌となる。
さらに、「流れ藻」と呼ばれる、波でちぎれて海面を漂う海藻は、ちぎれても海藻自体は生きており、自身の繁殖のほかに、産み付けられた卵や稚魚(石川県沿岸の日本海では、ウスメバルやブリ)などを付着させながら、海流に乗って南北へ移動し、付着した魚の隠れ家となったり、長距離移動を助けたりしている。「流れ藻」に付く魚は、漁業生産において重要な魚であることも多く、その浮遊量は、常に注目されている。
(4)藻場の現状能登地域で食される海藻類は、ほとんどが天然ものであるが、一部の地域では、ワカメの養殖やノリ島を整備してのイワノリ採取が行われている。近年、漁業者の高齢化により、海藻の採集量は減少傾向にある。海藻と細かい石などを見分けて、手で選別する作業が難しくなるためでもある。海藻を採集する地元の漁業者が減少すると、海と人との関係が希薄になり、里海の守り手の減少につながることが懸念される。
現在、石川県では、埋め立てなどによる藻場の直接的な減少のほか、防波堤の整備による海流の変化、集中豪雨による土砂の流れ込みなどによる藻場の生育環境の変化が報告されている。藻場の推移については、今後も注意深くモニタリングしていくことが必要である。
<注釈・出典・参考> |