HOME>世界農業遺産「能登の里山里海」ライブラリー>景観 >内陸部(中山間地)の景観 景観内陸部(中山間地)の景観(1)概要及びGIAHS的価値について能登半島の内陸部(中央の低山、丘陵地帯)は、海岸沿いに比べ降水量・積雪量が多く、気温も低い。冬季は気温が低く積雪も多いため、奥能登最高峰の高洲山(標高567m、山頂:輪島市)や宝立山(標高471m)の山頂付近では、ブナ林やミズナラ林がみられる。また、河川が少なく、しばしば水不足に悩まされ、水の確保が大きな問題であったため、集落や個人により多くのため池が作られ、維持・管理や水の分配の仕組みが整えられてきた。
この地域の民家は、一般的に、母屋と納屋、土蔵からなり、冬季は雪に閉ざされるため、母屋と納屋は廊下でつながっていることが多い。また、屋内での農作業が多いため、母屋の中でもニワと呼ばれる土間は、農作業場として機能し、大きな面積を占める。屋根は、クズヤ葺き(主にススキを使ったカヤ葺き)がほとんどであったが、高度経済成長期の昭和40年代頃からは瓦葺きに変わった。
屋敷の周囲には、スギやアテの防風林が造成されているほか、梅や柿、サカキなどの有用植物も多くみられる。近くの微高地は、自給用の畑として利用されていることが多い。屋敷は湧水のある山麓につくられることが多いが、近年は、道路脇など平地に移動するケースもみられる。
水田は、河川沿いや谷筋のわずかな平地に段丘上につくられた棚田が主である。周辺の山林には、スギの植林が多い。スギの下には、耐陰性の高いアテを挿し木で植え、複層林にして育てることが一般的によく行われた。燃料革命(昭和30年代)以前は、薪を採るコナラ林や小規模なカヤ山(屋根葺きや雪囲い用のススキを採るための草地)もあった。屋根材には、水田法面のカヤも利用された。輪島市三井地区では、交流施設として今も残る茅葺き家屋と雪囲いの材料に、耕作放棄地の水田のカヤを利用している。
(2)背景(経緯〜現状)@珠洲市若山町宝立山麓のブナ林のある里山風景珠洲市若山町宝立山麓の集落は、背後に山地、丘陵地を背負い、前面に比較的広い水田がひらける山麓線に沿って発達し、民家が横並びに配置された景観がみられる。屋敷は、母屋と厩(かつて家畜の牛を飼っていた小屋、現在は納屋として利用)の2棟が最低限配置されていることが多い。土蔵は、出火時の類焼を防ぐため、離れて配置されている。
背後に山林、前面に耕地をとる屋敷構えは、かつては、燃料の採取に都合がよかったうえ、山裾の湧水も得やすく、山が風を防ぎ、高台で洪水の恐れがないなどの利点もあった。一方、湿気が多く、日照に恵まれず、地すべりやがけ崩れなどの災害を受けやすいというマイナス面もある。
奥能登では、昭和30年代頃までは、ニワ(土間)が重要な仕事場であった。秋から冬にかけて天候が悪い際、屋内のニワは、脱穀、藁仕事、餅や味噌づくりなど、生活・生産の重要な場であった。正月には庭ノ神に餅を供え、春にはニワマツリをし、豊穣を祈った。高度経済成長期には、茅葺き民家が急激に新築・改築され、農業の機械化も進み、役割のなくなったニワは、部屋に作りかえられていったが、珠洲市若山町では、今でも立派なニワが残る農家が多くみられる。
集落周辺の微高地は畑に、斜面は水田に利用されているが、水田一枚の面積が小さいため、作業に手間がかかる。また、大きな河川がないため、水の確保は死活問題であり、集落ごとに、水田の上流に大小多くのため池が築かれた。珠洲市若山町洲巻地区などでは、ため池までの道刈り作業は、集落の共同作業として、水田を耕作しない人も一緒に行う。水田周辺は、スギの人工林が多く、その背後にはコナラ・ミズナラの二次林、宝立山近くにはブナ林が広がる。
A輪島市町野町金蔵のため池のある里山風景輪島市金蔵地区は、金蔵山(標高255m)や天竺山(標高235m)など、200m級の丘陵に囲まれた盆地地形である。集落域は、細やかな起伏や地形の変化が多く、景観の豊かさが生み出されると同時に、盆地地形の作りだす空間の心地よさを感じることができる。
屋敷は山麓の湧水の出る場所や道路沿いに点在し、集落中心部には寺院が5つある。現在も利用されている集落共同のため池が11箇所あり、流れ出る水はいくつもの複雑な水路を経由して河川に流れ込む。集落域の起伏部は樹林や畑地に、水のまわりやすい傾斜地や谷筋、河川沿いは水田として利用されている。河川沿いの緩やかな傾斜地には、耕地整理された比較的大きな水田が連なる風景がみられる。細かい谷筋や屋敷の背後の傾斜地には未整理の水田がみられるが、その多くは現在では放棄されている。
屋敷は、スギやアテ、ケヤキ、モチノキなどで構成される屋敷林で囲まれ、近くの微高地は自給用の畑地として利用されている。集落や水田の背後には、スギを主体とする山林が広がっている。昭和40年代頃、それまで燃料を採取するために使われていたコナラ林から、スギ林への転換が行われ、風景も大きく変化した。スギの下には耐陰性の高いアテを挿し木で植え、複層林にして育てることが一般的によく行われた。
図U-7-9 金蔵の景観パターン
・のとキリシマツツジ5月上旬から中旬にかけ、能登全域の民家や寺院の庭先で真っ赤に咲き誇る「のとキリシマツツジ」は、能登を代表する花である。江戸時代、出稼ぎ人や愛好家、園芸を扱う商人らの手により、植栽花のキリシマが本場の九州から江戸や大坂に広がりをみせ、明暦2(1656)年には、江戸で高い評判を呼び、キリシマブームが起きた。能登には、参勤交代や交易など、江戸とのさまざまなつながりの中で伝播したと考えられ、経済基盤にゆとりのあった村役人らの家を中心に広まっていったとみられている。
近年、能登には、樹齢100年以上の古木がおよそ300本あることが判明し、日本一の規模と評価されている。また、能登の固有種の可能性がある「紅重(べにがさね)」は、商標登録が行われているほか、石川県天然記念物の指定を受けている民家の庭の樹齢350年のキリシマツツジも複数ある。
B輪島市三井町の茅葺きのある里山風景能登の内陸の山間地では、傾斜のあるクズヤ葺き(主にススキを使ったカヤ葺き)の屋根とカヤの雪囲いからなる集落の風景が、昭和40年代頃までみられた。その後、ガスや電気の普及により生活様式が変化し、徐々に瓦葺きに変わった。ススキは、屋敷や水田に近い山の斜面のカヤ山(屋根葺きや雪囲い用のススキを採るための草地)から採取されたほか、水田法面のカヤも利用された。また、雪囲いで用いたカヤを数年分集め、屋根葺きに使用することもよく行われた。
現在、輪島市三井町では茅葺きの家屋が残り、かつての里山風景の面影を見出すことができる。家屋の一部は交流施設として活用され、茅葺きと雪囲いの材料には、耕作放棄地の水田のカヤが利用されている。
(3)特徴的な知恵や技術@アテ林の育林技術能登の風土に根差したアテ(アスナロの変種、ヒノキアスナロ)は、民家や寺院の柱、土台などの建築用材、祭り道具、輪島塗の木地などに利用されており、建築のみならず、文化や工芸ともつながりが深い樹種である。アテ林業は、能登に古くから伝わる里山の生業であり、その施業法には、主として複層林施業と択伐林施業がある。
前者では、上木のスギの下木としてアテが植栽される。アテの幼樹は一般的に耐陰性が高い(暗い環境にも耐える)といわれ、スギに比べ成長も遅いためである。後者は、利用するアテだけを抜き伐りし、空いた空間に苗木を植栽していく方法である。両者とも、個人所有の小面積の山林でも、土地を有効に活用し、持続的に林業を営むことができる優れた林業形態であったが、木材価格の低迷や、伐採・搬出にコストや技術を要することなどから、近年では行われなくなってきている。
(4)生物多様性との関わり@ため池や水田能登は、平地が少なく河川も短いため、傾斜地を利用した棚田とかんがい用のため池による稲作が長期間にわたり営まれてきた。輪島市や珠洲市など、内陸部の棚田やため池では、全国の多くの地域で絶滅したシャープゲンゴロウモドキDytiscus sharpi(石川県指定希少野生動植物種、環境省絶滅危惧T類)やマルコガタゲンゴロウGraphoderus adamsii(石川県指定希少野生動植物種、環境省絶滅危惧T類)のほか、ホクリクサンショウウオ(能登と富山県の一部にのみ生息)をはじめとする希少動物、サンショウモ、ヒツジグサといった希少植物が確認されている。棚田やため池は、渡り鳥の飛来地や猛禽類などの餌場としても機能しており、生物多様性保全にとって重要な場所である。
・ゲンゴロウの生息地珠洲市を中心とするため池や水田では、全国的にも希少とされる中・大型ゲンゴロウ類5種(うち2種は国の絶滅危惧種)の分布が確認されている。水生昆虫類は、湿地環境の代替湿地として、水田やため池を生息地に利用してきたといわれているが、近年の耕作放棄地の増加やため池の維持・管理不足により、代替湿地である水田やため池も失われつつあり、全国的にビオトープ創出が行われるようになった。珠洲市三崎地区や輪島市三井地区では、NPOなどが主体となり、休耕田をビオトープとして維持・管理する活動が始まっている。
A里山の植物輪島市金蔵地区では、全域で579種の維管束植物が確認されており、シダ類やラン科、水生植物などの絶滅危惧種が含まれている。基盤整理されていない水田や畦畔、谷筋、耕作放棄され湿地となった水田などが、それらの希少種の生息環境となっている。 輪島市三井町の標高80mほどの地域は、典型的な里山地域であり、里山林や水田畦畔、里山林の林縁、農道脇に251種の草本種が確認されている。複数の景観要素の間に位置し、草刈りなど人による定期的な維持管理が行われる明るい帯状の草地に、多くの種が集中している。また、希少種(石川県の絶滅のおそれのある野生生物(いしかわレッドデータブック)記載種)9種も確認されている。
B多様な山菜と野草の利用輪島市の山間地では、栽培できる野菜の種類が少ないため、山に豊富に自生する山菜(草本や木の若芽)やキノコ類を食用として利用してきた。山菜では、ヤマウド、ヤマゴボウ、ヤマイモ、ワラビ、ゼンマイ、フキ、セリ、ミツバ、ワサビ、クズ、リョウブ、ヨメハギ(ヨメナ、茹でて和えものや味噌煮にする)、オオバコ(茹でてみそ汁の具や粥に混ぜる)、ウラジロ(餅に混ぜる)、ツクシ(酢の物)、タデ(味噌に入れる)、カタハ(ミズブキ、茹でて和えものや漬けものにする)、ヨモギなどが利用された。
キノコ類では、マツタケ、シメジ、スベリタケ、ネズミゴケ、シバタケ、カタワミミ、アカタケ、スギノミミ、クリノミミ、ケヤキミミ、シミズタケ、ノノビキなどが利用され、多く採れた際は、塩漬けにして保存した。現在も、季節になると山に入り、春はゼンマイ、ワラビ、カタハ、秋はキノコ類を採取して楽しむ文化が残る。
藤平(2011)pp. 4-13 |