HOME>世界農業遺産「能登の里山里海」ライブラリー>利用保全の取組>後継者や移住者への支援 利用保全の取組後継者や移住者の支援(1)概要及びGIAHS的価値について能登の抱える大きな課題は、人口減少と高齢化の進行である。特に、農林漁業の担い手や後継者の不足は、耕作放棄地の増加につながり、生物の生息環境にも大きな影響を与えるため、生物多様性の保全を考えるうえでも大きな問題である。また、人手不足により、集落の伝統行事や民俗・風習の維持・継承が困難となっている地区や地域もみられる。しかしながら、過疎・高齢化を地域内の住民だけで、短期間に解決することは極めて難しい。
現在、能登では、行政、大学、地域が連携し、外(ソト)の力を地域に引き込むため、棚田オーナー制度、農村ボランティアの受け入れ、移住者のための空き家バンク制度、新規就農者への支援など、様々な取組が行われている。棚田オーナー制度や農村ボランティアは、里山里海の保全のために何か貢献したい、あるいは地域とつながりたいという都市住民の意欲や気持ちを後押しする仕組みでもあり、継続的な交流を通じて地域をよく知ることができ、移住や新規就農へのきっかけにもなっている。
(2)背景(経緯〜現状)能登の人口は、ピーク時の昭和25(1950)年には、中能登地区、奥能登地区あわせて、約35万人であったが、平成22(2010)年には約21万人となり、60年間で約4割減少した。特に、奥能登地域はピーク時の半分以下となっている。高齢化率も、平成22(2010)年の石川県平均が23.7%であるのに対し、中能登地区は30.5%、奥能登地区にいたっては39.4%と極めて高くなっており、高齢化が深刻な状況である。現在、自家用を含め地域の農林漁業を担う中心世代は65歳以上の高齢者であり、10年〜20年後の地域の農林漁業の存続が危ぶまれるほか、里山里海の維持・保全にとっても、深刻な課題となっている。
石川県では、機械による効率化が難しい中山間地の農地の水源涵養や洪水防止機能を維持するため、平成12(2000)年から、耕作放棄地の解消や草刈り、用水の管理などの多面的な集落活動を支援する「中山間地域等直接支払制度」が始められている。また、平成19(2007)年には、農地や水路などの共同管理や環境負荷を低減する営農を支援する「農地・水・環境保全向上対策」も始まり、地域ぐるみの集落活動の維持がはかられている。
しかしながら、中長期的には、新たな活力を地域に引き込む取組が欠かせず、環境意識の高まりや豊かさに対する価値観の変化、田舎暮らしや農業への憧れなど、着実に変化をみせる都市住民のニーズを確実にとらえ、ボランティアとしての活動の場の提供、地域住民との持続的なつながりの場の創出、資金面での支援など、多様な年代に対し、多様な関わり方を提案し、後継者や移住者の確保につなげていく必要がある。
表U-8-1 石川県の地域別年齢別人口(平成22年国勢調査)
(3)特徴的な知恵や技術@事例:農村ボランティア(石川県)石川県では、「いしかわ農村ボランティア窓口」を設置し、農村でのボランティアを希望する都市住民や企業、学生などを「農村役立ち隊」、ボランティアを受け入れる地域側を「受け入れ隊」と名づけ、マッチングを行っている。これまで農業や里山に興味や関心はあったが、どうしたらいいかわからなかった都市住民や学生の潜在的なニーズ、企業のCSR(Corporate Social Responsibility、社会的貢献)活動を推進したいというニーズに答えるとともに、農地の維持・管理や伝統文化の継承において、人手が不足し、地域外からの支援を求める中山間地域のニーズも満たし、集落の活性化に寄与している。
「農村役立ち隊」に登録すると、ボランティアの内容と参加者募集の連絡があり、参加を希望する場合には申込を行う仕組みになっている。募集内容は石川県のホームページ上でも告知されている。平成23(2011)年度は、珠洲市真浦地区・洲巻地区、能登町上町地区・春蘭の里、輪島市金蔵地区・小池地区、穴水町上中地区・丸山地区・新崎・志ヶ浦地区、七尾市大呑地区・小牧地区・能登島長崎地区・中島町西谷内地区、中能登町久江地区などで活動が行なわれた。
農村でのボランティアが初めての人には、「体験版農村ボランティア」もあり、1〜2時間程度の農作業の後、受け入れ側の住民がつくった地元食材を使った料理を食べながら懇談する。初めての人でも参加しやすく、地域住民とつながりを持つことで、その後も引き続きボランティアに参加するきっかけにもなり、持続的な交流につながる。
写真 大呑地区の棚田の草刈り・稲刈り 写真 新崎・志ヶ浦地区の農地・農道草刈り
A事例:烏帽子親(羽咋市)烏帽子親(よぼしおや)は、能登に古くから伝わる慣習のひとつで、本当の親子ではない別の家族との間で親子の関係を結ぶ、擬制親子のなわらしである。能登では、烏帽子がなまり、「よぼし子、よぼし親」と呼ばれている。擬制親子関係の慣習は、偏在しているものの全国的に分布している。石川県では能登だけにみられ、特に、羽咋市、中能登町、七尾市に多く分布している。七尾市能登島では、現在もよぼし親子の関係が残っている。古文書によれば、能登では少なくとも江戸時代には慣習として存在していたと考えられている。
図U-8- 能登の「よぼし子」分布図(昭和27(1952)年・長岡博男作製)
烏帽子は、元服する時にかぶる帽子のことであり、この親子関係を結ぶ時期も成人に達した時である。いったん親子関係が成立すると実の親子と同様の関係が続けられ、盆と正月ないし暮れの年二回、よぼし親はよぼし子を招いて饗応する。こうした関係を結ぶ理由は、一度親戚関係を結んでもその関係が疎遠になるためこれを強化するため、成人に達して以降の相談相手になり援助してもらうため、などといわれている。
よぼし親子は、農業や漁業といった親の生産労働に対し、子が手間賃をもらわず労働力を提供したり、冠婚葬祭を手伝ったり、雪囲いや茅葺の葺き替え作業へ奉仕したりなどをする。親は子に対し、保証人となったり、仕事の世話をするなど、経済的、物質的な援助を行うほか、実の親には相談できないことにも相談相手となる。こうした相互行為を欠く場合は、社会的に非難されるため、よぼし親子は、地域集落の秩序維持や共同体意識の醸成に役立っている。
羽咋市では、こうした地域の慣習をうまく使い、平成17(2005)年7月から、農家での都市住民の宿泊受け入れを可能にする「烏帽子(よぼし)親農家制度」を始めている。民宿ではない農家がよぼし親となり、滞在するよぼし人は子となって、親子の杯を交わし、日常の農作業に従事し、宿泊体験する。親と子は、その後も定期的に連絡を取り合いながら交流する。平成18(2006)年8月には、この制度の合宿版として、法政大学のゼミ生が8日間、羽咋市菅池地内で援農合宿を行い、農家に滞在しながら、農作業や家事の手伝いなどをして、地区住民と日常生活を一緒に過ごした。
よぼし子希望者は羽咋市に登録申込書を提出し、よぼし親となる農家が四季に応じて受け入れ可能な日を定め、受け入れる。この制度は、お互いの信頼関係が前提であり、宿泊体験などを通じ、双方の心がつながり、その後も親子の関係が築かれていくことを目指している。
B事例:能登里山マイスター養成プログラム(珠洲市)能登里山マイスター養成プログラムは、就農意欲のある40歳前後までの人材を「里山マイスター」として育成することを目的に、金沢大学が中心となり、文部科学省の補助を受けて、平成19(2007)年度から平成23(2011)年度まで5年間実施された。プログラムに協力する石川県立大学、石川県、奥能登4市町(輪島市、珠洲市、穴水町、能登町)と金沢大学が「地域づくり連携協定」を締結したほか、地元の農林漁業者や法人などからなる「能登里山マイスター支援連絡会」が組織され、実習生や修了生を支援した。
講座は、珠洲市小泊にある金沢大学能登学舎で、週2回、2年間行われ、実習生は生態学と環境配慮型農業の学習と実践を行った。一次産品に、二次(加工)、三次(サービス)の付加価値をつける事業センスを身につけた人材、能登の優れた自然や里山里海の景観、文化資源を環境ブランドとしてグリーン・ツーリズムなどに展開していく人材の養成がはかられ、62名が修了し、全修了生の約20%にあたる13名は、空き家を借りるなどして能登へUIJターンした。マイスター修了後も能登に定住し、新規就農や一次産品の付加価値化、交流事業などに取り組む若者も多く、人材ネットワークの形成にも役立っている。
C事例:空き家バンク(能登一円)能登3市4町では、空き家情報を提供し賃貸や売買のマッチングを行う制度が実施されている。宅地建物取引業組合等の団体が仲介・運営するもの、行政が紹介し交渉契約は所有者と希望者が行うもの、行政が紹介し行政立会いのもと契約を行うものなど、制度の運用方法や内容には違いがある。
表U-8-3 3市4町の空き家バンク及び関連施策の制度名
珠洲市では、平成19(2007)年から「空き家バンク制度」として、定住用の賃貸・売買物件をホームページで紹介し、15組34名が利用した。また、希望者が本格的な移住や定住を検討する際の支援として、事前に短期滞在ができる「珠洲市空き家短期滞在(ちょい住み)制度」も設けており、定期賃貸借契約期間は最長31日までとなっている。
図U-8- 珠洲市空き家バンク制度の仕組み
図U-8- 珠洲市空き家短期滞在(ちょい住み)制度の仕組み
移住者がその土地に定着できるようになるには、生計の確保、子どもの教育環境の整備、地区住民とのコミュニケーションなどの課題があるが、特に、地区の風習、慣習、行事などは各地区で異なるため、羽咋市では、移住前にその地区に定期的に通うことで相性を確かめたり、受け入れ地区で移住者の後見人を定めたりするなどし、移住をスムーズに運ぶためのきめ細かな工夫を行っている。移住者が、地区に不足しているスキルや能力を持っている場合もあり、古民家を利用してカフェを経営したり、デザイナーとして地域の特産品の商品開発や販売促進に貢献している成功例もある。
移住者への支援は、過疎・高齢化対策だけではなく、地域への良い刺激ともなり、地域の活性化に役立っている。
(4)生物多様性との関わり能登の里山里海の現状を理解した後継者や移住者が増えることや、ボランティアなど地域外からの支援による里山里海の利用・保全がはかられることは、生物多様性の保全にも良い影響を与えている。金沢大学では、「里山マイスター養成プログラム」に加え、里山里海の生業と自然との関わりを伝える案内人「能登いきものマイスター」の養成講座も始めており、里山マイスターの受講生や修了生がさらに学びを深めている。また、穴水町新崎・志ヶ浦地区では、農村ボランティアによる耕作放棄地の草刈りで再生した棚田に水が張られ、ビオトープとして活用されている。
(5)里山里海との関わり過疎・高齢化の進展により、地元住民だけで里山里海の手入れをすることが困難になっている地域では、地域外からの支援が必要であり、農村ボランティアによるマッチングは、よいきっかけづくりとなっている。また、その後の定期的な交流で地域との縁を深めていくことにより、以下の効果が考えられる。 @直接的な里山里海保全草刈り、側溝の清掃、機械化が難しい棚田の田植えや稲刈り、耕作放棄地の管理など、労力が必要な作業が可能となり、多くの地区で里山里海の維持・管理活動がはかられる。 A里山里海への関心の高まりボランティア参加者が、体験を通じ、里山里海への関心を高めることで、さらに農林漁業に関する知識を得ようと思うほか、関与したいと感じるようになる。 B地域の商品を購入しようという動機づけ自分と関わりのある地域で生産された農産物を継続的に購入することで地域を応援する都市住民や企業が増え、地域の経済活動が活性化し、里山里海の保全活動への再投資が可能となる。 C移住へのハードルが低下、持続可能な地域づくり地域の祭りや行事などへ参加することで、移住者と受け入れ側の心理的なハードルが低くなるほか、ホームページ上では、空き家バンクや空き農地バンク情報に加え、移住者の体験談も公開されており、移住にあたってのイメージがつかみやすい。持続可能な里山里海の利用・保全には、マンパワーが必要であり、地域内人材の確保のためにも、移住者支援は必要不可欠である。
<参考文献>図書・報告書
その他
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