世界農業遺産「能登の里山里海」ライブラリー
自然・生き物
農林水産業
伝統技術
文化・祭礼
景観
利用保全の取組み

利用保全の取組

朝市・直売所

1)概要及びGIAHS的価値について

 朝市・直売所は、人々が産品などを持ちより、物々交換を行ったことにより始まったとされる。輪島市では、神社の祭日ごとに物々交換の市が立ち、これが輪島の朝市の起こりといわれ、千年以上の歴史を持つ。また、各地に点在する市は、物流や情報の拠点としても機能してきたと考えられる。市(朝市)は、山の物と海の物が出あう場であり、物と物の交換と同時に、新しい野菜、効率のよい漁法、病害虫に強い米の栽培方法、食材の調理や保存方法など、さまざまな情報も交換されてきた。

 

 対面販売方式をとる朝市などでは、現在も、物の販売とともに、さまざまな情報のやり取りが行われている。旅行者や消費者などの買い手は、産品の特徴や調理方法、食文化、産地の様子などを聞くことで、能登の里山里海への理解を深める。売り手は、消費者の反応に直に触れ、自らの住む能登の里山里海への客観的な評価や他地域との違いを知る。

 

 また、市での販売収益は、人手が入ることで維持・保全されてきた里山里海の経済活動を支える役割も持つ。時代とともに販売スタイルや産品・商品は変わっても、物と情報が交換され、地域に根差した多様な資源を、広く、わかりやすく伝える場として、「朝市・直売所」は大変重要である。


説明: 輪島朝市2

 

説明: 輪島の朝市 

 写真 輪島の朝市

 

2)背景(経緯〜現状)

 『日本書紀』の記述によれば、日本では7世紀には一種の統制市場が存在していたことがうかがい知れる。その後、律令制の弛緩とともに、交通の要所など人が集まる土地や場所では、月の決まった日に立つ「定期市」が形成されるようになり、朝市の起源となった。全国各地で現在も開かれている歴史のある朝市の中には、江戸時代以前までその歴史をさかのぼることができるものあり、「輪島の朝市」(輪島市)は平安時代末期、「飯田二・七の朝市」(珠洲市)は室町時代末期にはすでに開かれていたとされる。奥能登に全国でも屈指の歴史を持つ朝市が2つもあることは注目に値する。

 

 地域の物流拠点として賑わってきた朝市だが、近年は、スーパーなど大型流通店舗の進出や交通網の発達により、「輪島の朝市」のような観光客を主に対象とするものが増えている。「飯田二・七の朝市」のような地域密着型として開かれている朝市の中には、高齢化により売り手も買い手も規模縮小を余儀なくされ、存続が危ぶまれているものもある。

 

 また、「道の駅」などに併設される農産物直売所は、スーパーとは一線を画した地産地消型の現代版「朝市」としての役割も担うようになり、その数を急増させている。観光客や近隣の消費者をターゲットにした和倉温泉(七尾市)のような新しい「朝市」も徐々に増えつつある。朝市や直売所をターゲットとし、地域の産品を活用した新たな商品開発や販売に力を入れるところも多く、新たな魅力の創出や地域活性化にも寄与している。

 

 能登における特徴的な朝市や直売所は下記のとおりである。

 

@輪島の朝市(輪島市河井町)

 輪島の朝市は、千年以上の長い歴史を持つ。「朝市通り」と呼ばれる約360mの商店街に、200以上の露店が立ち並ぶ。露店を出す場所は決まっており、親から子へ、子から孫へと何代も引き継がれている。室町時代には毎月4と9の付く日に開かれていたが、明治時代になり毎日開催されるようになった。現在は、正月3ヶ日と毎月第2・4水曜日が定休日となっている。年間百万人前後が訪れるが、ここ数年入り込み数は減少気味で、平成23(2011)年には百万人を割り込んだが、同年後半からは対前年を上回り、復調の兆しも見られる。

 

 海産物を中心に季節の野菜や加工品、民芸品など多岐にわたる産品が並べられているが、多くは値札が付いておらず、交渉次第で値段が決まり、「買うてくだぁー」の掛け声が飛び交う中、売り手も買い手もコミュニケーションを楽しみながら販売や購入を行う。ムシアワビなどの加工品、鮮魚(その時々に捕れたもの)、一夜干(イカ、フグ、アジなど、醤油と塩味の2種)、海藻類(春は生ワカメ、冬は生のカジメや貴重な岩のりなど)などの海産物が目立つ。

 

 出店者はほとんどが女性で、すべて朝市組合の組合員である。漁師の妻や現役の海女などは鮮魚、農家は野菜や冬季に作りためた手作りの民芸品などを販売している。出店者は、輪島市在住の朝市組合員であるが、審査があり、また、出店場所に空きがでないと出店することはできない。

 

 午後3時頃からは、市街の住吉神社の境内で、朝市と比べて出店が少なく、規模も小さいが、地域密着型の「夕市」が開かれている。

 

説明: 輪島朝市 

写真 朝市の露店でのコミュニケーション

 

A飯田二・七の朝市(珠洲市飯田町)

 珠洲市飯田町の中央商店街通りで、毎月2と7の付く日に開催され、地元の農産物や魚介類、加工品などが並ぶ、素朴で温かい雰囲気のある市である。室町時代に始まり、2、7、12、17、22、27日の月6回開かれる「六斎市」として発展してきた。過疎・高齢化により縮小を余儀なくされているが、出店料を払えば誰でも出店できるというシステムをアピールし、出会いや交流、情報交換の新しい場として期待が持たれている。

 

B道の駅「すずなり」(珠洲市野々江町)

 平成22(2010)年、のと鉄道珠洲駅跡地(珠洲市)にオープンし、地元の新鮮な野菜や揚げ浜塩田の天然塩、珠洲焼、珪藻土のコンロ、いも菓子などの特産品が販売されているほか、珠洲市の観光情報基地としての機能も持つ。

 

Cまいわぁー直売所(輪島市三井町洲衛)

 能登空港の位置する輪島市洲衛(すえ)地区の女性全員による、新鮮野菜と山菜の直売所で、6月〜11月の水曜日と日曜日に開かれている。おばあちゃん、おかあちゃんたちが、素材を生かす調理法や極意を伝授してくれるのも売りのひとつとなっている。

 

Dのと愛菜市場(能登町柏木)

 5月〜11月の土曜、日曜、祭日に開催され、農産物や山菜をはじめ、会員が作った地元農産物の加工品などが並べられる。特に、秋のきのこは人気が高い。

 

E能登おおぞら村(穴水町字此木)

 JAおおぞらが運営する直売所で、能登の採れたての新鮮な野菜や生産者が加工した漬け物、菓子などの食品類のほか、肥料や農作業道具、資材なども取り扱う。地元産玄米をその場で1キロ単位に精米して販売している。大型スーパーと向かい合う場所に位置しているが、ともに共存している。

 

Fわくら朝市(七尾市和倉町和倉温泉総湯前)

 和倉温泉総湯前に立てられたテントで、生産者自らが、朝採れの地元の新鮮野菜や山菜、それらを利用した加工品などを販売しており、温泉宿泊客にも人気がある。

 

Gてんと市(志賀町末吉新保向みちのえき旬菜館前)

 志賀町の特産加工品を作りだそうと結成した町の婦人加工連絡会が、青空市場を開催したことに始まり、毎月第4火曜日(12月第2火曜日はチャリティーてんと市)に開催され、野菜、花き、山菜、もち、漬物、ジャム、干物等の加工品が販売されている。

 

H鳥屋ママさん直売所(中能登町羽坂)

 季節の農産物、伊助味噌、天然きのこ(アカモミ茸)、季節の漬物などが販売されている。会計は、客がそれぞれのブースにある料金箱へ直接支払うシステムをとっている。

 

I農産物直売所「神子の里(みこのさと)」(羽咋市神子原町)

 地産地消にこだわり、農産物の力強さと土地の歴史・文化を発信、発展させるステーションとして、ブランド米である神子原米(みこはらまい)のほか、特産のくわいを使った加工品、神子原米のおにぎりやアイスクリームを販売している。

 

 能登4市4町には、上記以外にも多くの「道の駅」やJAの直売所があるが、過疎・過疎化による影響のほか、スーパーとの違いの低下など、取り巻く環境は決して楽観できるものではない。また、直売所イコール安いという消費者のイメージにあわせ、価格設定を抑え、適正価格以下で販売している場合もあり、今後、見直していくべき課題である。

 

3)特徴的な知恵や技術

@「都市の人々の農村・漁村への理解を深めてもらう」

 朝市や直売所で、実際に見て、聞いて、産物や産品を買ってもらうことにより、消費者に里山里海への理解を深めてもらう契機となるほか、口コミなどの効果により、交流人口や定住者の増加につながる可能性も考えられる。

A「値札をつけない」

 輪島の朝市では値札をあまりつけず、価格交渉を双方で楽しむ。やり取りの中で産品の良さを伝えるとともに、他のものもすすめることができる仕掛けだが、売り手(生産者)の楽しみ、やり甲斐になっていることも少なくない。

B「競争が質の向上を促す」

 直売所では、同じ野菜でも生産者によって売れ行きが違うことがあり、生産者が自ら、何が違うのか、どう違うのかを考えるきっかけになり、質の向上につながる。また、朝市・直売所は、地域に経済効果をもたらすだけでなく、都会など外部の人との交流の場ともなり、ビジネスチャンスをつかむ場、地域力を高める場ともなっている。

C「食の安全・トレーサビリティの安心度を高める」

 朝市・直売所で販売される産品は、鮮度はもちろんのこと、作り手の顔が見えたり、生産の場をじかに見ることができるため、消費者に安心感を与えることができる。

 

 

4)生物多様性との関わり

 朝市・直売所は、「生態系サービス」と呼ばれる里山里海の恩恵を、産品や商品として販売、購入する場である。多様な生態系を守るという役割も担う農家や漁師にとっては、直接、収入を得ることができる場、互いの情報交換の場であるとともに、生態系の多様性の魅力を、直接、消費者に伝え、理解を深めてもらう場でもあり、消費者の反応から、産品・商品のみならずそれらを育む多様な生態系の価値を客観的に感じることができる場でもある。また、消費者とのコミュニケーションは、生産者のやりがいや生きがいに通じていることも多い。

 

 物々交換の時代から、市は、自家採種した種や苗を交換する場としても機能してきたことは容易に想像できる。また、生産者は、野菜に限らず、その土地のさまざまな生き物の情報も市でお互いに交換してきた。市では、なじみの薄い野菜や魚、海藻などでも、調理方法を対面販売で伝えながら売ることができるため、商品価値の低い種も脚光を浴びることができる。少品種・大量生産型の流通とは違い、多品種・少量生産が求められる朝市・直売所は、種の多様性に経済効果をもたらす存在でもある。

 

 大量流通システムでは扱いにくい、形が悪かったり、色が悪かったりする野菜や米も、直売であれば売ることができる。また、これらの規格外産品は、漬け物などに加工して販売することもできる。現在は、形はそろうが子孫を残せない一代交配種(F1)の野菜が多く流通しているが、流通に乗ることが少なかった固定種の商品価値が高まれば、継続して栽培が行われ、遺伝子の多様性も保たれていく。

 

5)里山里海との関わり

図U-8-1 朝市・直売所がつなぐ里山里海と消費者

 

@「地域の経済効果」

 急傾斜地の多い能登では、広い耕作地を確保しにくいほか、耕作の手間もかかり、流通に適した作物の大量栽培は難しい。また、海女漁で漁獲される少量の魚介類や海藻なども、一部の高級品を除き、一般の流通に乗ることは少なく、小ロット、多品種、規格外品でも販売できる朝市・直売所は、販路として貴重である。

A「地域の輪を強める」

 朝市・直売所は、地域住民がコミュニケーションをはかる場でもあり、情報交換を行い、絆を深めるなど、地域の人の輪を強化する機能も持つ。

B「里山里海のショールーム」

 朝市・直売所に並ぶ産品は、里山里海の幸である。朝市・直売所は、どんなものが作られているか、採れるか、どうやって利用しているかなどを、広く伝えることができる、里山里海のショールームともいえる。

C「里山里海のマーケティング」

 朝市・直売所では、消費者の声や他所の状況を直に聞くことができ、どのようなものがどんな層に人気があるか、どんな期待があるか、どんなものが流行っているかなど、居ながらにして、マーケティングに役立つ情報を得ることができる。

 

 

<参考文献>
図書・報告書

  1. 石田正昭 編著 『農村版コミュニティ・ビジネスのすすめ』 家の光協会

  2. 坪本毅美 編著 『中山間地域の底力―資源管理とその利活用―』 農林統計協会