世界農業遺産「能登の里山里海」ライブラリー
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伝統技術農産物や海産物の加工技術

漬ける・発酵する技術

1)概要及びGIAHS的価値について

  里山里海のめぐみを長期間保存する加工技術として、さまざまな農産物や海産物を各種の調味料や漬け床の中に一定時間入れておく、漬けておくという方法がある。漬ける時間は、数分から長いものでは数10年にも及ぶ。長期間にわたって漬ける場合には、発酵をともなうことが多い。

 

 食品の加工技術は、その土地の気候風土に左右される。能登の夏は高温多湿で、加工の際、水分をとばす前に食品が腐敗することもある。そのため、微生物の力で食品を発酵させる技術が発達し、発酵王国と呼ばれるほど発酵食品が豊富に存在する。

 

 発酵技術は、酒類や味噌、いしる(いしり)、醤油といった伝統的な調味料だけでなく、発酵により生成する乳酸やアルコールの効果を利用して、さまざまな食材や食品をおいしく保存するためにも使われている。近年では、発酵食品に含まれる機能性成分が注目され、健康志向の食品づくりに欠かせない技術ともなっている。

 

 発酵は、現代でこそ微生物の働きによるものと広く知られているが、古くは「理由は解らないが、所定の工程を行うことで、概ね同じような状態に変化する」という、先人たちの知恵の積み重ねであった。その変化は、八百万の神の業として崇拝の対象ともなった。現在でも、酒蔵に注連縄が張られたり神棚がまつられているのは、そのためでもある。

 

 能登は、もともと発酵食品のバリエーションが非常に豊富だが、近代化により発酵のメカニズムが徐々に明らかになり、成分分析や機能性の解明などにもよって、ますます伝統的な発酵食品の価値や有用性が実証されつつある。近年は、これらの信仰も含めた伝統的な発酵技術や文化を後世に継承していくために、能登の発酵文化を積極的に発信する取組も行われている。

 

2)背景(経緯〜現状)

 漬ける技術の歴史は古い。平安時代の「延喜式」(905年-927年)には、醤(ひしお)漬けや汁糟漬けなどが都に上納されていたという記述が見られる。前者は、魚の塩辛に漬けたもの、後者は、どぶろくをろ過した残りのかす、すなわち酒粕に漬けたものである。このように、現在でもほぼ変わらない製法で受け継がれているものもある。

 

 日本国内では、たくあんや梅干などが代表的な漬物であるが、能登では、糠漬けや味噌漬けも一般的である。漬ける技術の種類としては、次のようなものがある。

 

塩漬け/醤油漬け/いしる漬け/味噌漬け/酢漬け/甘酢漬け/砂糖漬け
粕漬け/糠漬け/麹漬け/アルコール漬け

 

 また、発酵技術としては、日本酒に代表される非常に高度な加工技術も確立されている。

 

3)特徴的な知恵や技術

@事例:能登杜氏と日本酒

・能登の地酒

  能登の酒は、芳醇系が多い傾向にあるものの、味は甘口から辛口までさまざまで、種類が豊富である。能登には十数カ所の小さな酒蔵があり、銘柄の数は100を超える。そのほとんどは地元で消費されるが、酒造りの技術は、能登杜氏によって全国に伝播している。

 

 安永6年(1777年)に記された「能登目具利(のとめぐり)」には、「此所口(現在の七尾市)名物多し、名酒数多有、中にも羽衣酒とて若松屋何某の方に有(中略)自由自在の国府なり」と記載されている。七尾の酒は、古くから越中・越後・佐渡・松前をはじめ、敦賀や長州などへも売りさばかれるほどに盛んな産物であった。文化元年(1804年)には、この羽衣酒が藩主の御膳酒として選ばれている。

 

・能登杜氏

 米と水と麹だけで造られる日本酒の醸造技術は、世界中にある発酵技術の中でも、非常にきめ細やかで完成度が高い。その酒造りに携わるのが、杜氏を長とする蔵人(くらびと)たちである。珠洲市や内浦町(現・能登町)の農村・漁村の男たちは、農閑期には近畿地方へ酒造りのための出稼ぎをした。農業を主軸としながらも複数の職業を持つ、半農半X(エックス)のライフスタイルの1つである。

 

 「石川県珠洲郡誌」によると、元禄時代にはすでに、能登から蔵人を出していたと記述されている。明治年間には、近江(現:滋賀県)の大津に能登の杜氏と酒男を斡旋する「能登屋」という部屋(現在の職業紹介所のようなもの)があり、近江や山城方面に蔵人を斡旋していたといわれている。このような冬季に能登を離れて酒造りに出て行くという制度は、江戸時代の中期から始まり現代まで続いている。

 

 明治34年8月、石川県で初めての「酒造講習会」が開催され、この講習会が「能登流」酒造りのきっかけとなり、能登杜氏の酒造技術は飛躍的に向上していった。この講習会は、現在も続けられ、毎年、夏の盛りに3〜5日間の日程で開催され、杜氏の技術向上と人格の研さんに大きな役割を果たしている。


 

 写真 酒の仕込み           写真 能登の地酒

 

A事例:能登ワイン

・能登ワインの特徴

 能登で実ったブドウだけを用いた単一品種のワイン。平成18年(2006年)、石川県で初めての地ワインとして穴水町で誕生した。日本の国産ワインの中には、海外から安いブドウや濃縮したブドウ果汁を輸入して、アルコール醸造している例も少なくない中、能登ワインは、地元産の原料のみを使用していることが大きな特徴である。ブドウそれぞれの味わいを楽しむために、ブレンドはせず、「のと」あるいは「能登」ブランドのもと、ブドウの品種名をそのまま商品名としている。

 

  能登ワインは、すべて熱処理をしない「生ワイン」である。通常、ワインを瓶詰めにする際は、熟成の進行を抑えるため、熱を加えて酵母の働きを止めるが、能登ワインでは果実の香りや味わいを大切にするため、フィルターで酵母を除去しており、時間とともに熟成し、味わいが深まる。

 

・ワイン醸造技術

能登ワインの醸造工程は次のとおりである。

 

表U-3-3 能登ワイン造りの工程

 1.収穫

 9月から10月にかけて、糖度と酸度の最もバランスのとれた時期にブドウを収穫する。

 2.除梗(じょこう)破砕

 収穫したブドウを除梗破砕機にかけて、房から梗(果粒のついている枝)を取り 除き押しつぶす。

 3.発酵

 つぶしたブドウをそのままタンクに入れ、3週間程度発酵させる。白ワインの場合は搾汁し、果汁だけを発酵させ、5.澱搾りに進む

 4.搾汁

 発酵の途中、圧搾機で搾り、皮と種をとり除き、さらに発酵させる。

 5.澱搾り

 余分な香りと味がつかないように、発酵によってワイン内に発生した澱を取り除く。

 6.熟成

 発酵の終わったワインを樽またはタンクに入れ熟成させる。この熟成によってワインの香りと味わいが深くなる。

 7.ろ過と瓶詰

 精密フィルターを通してワイン内に残っている酵母を取り除き、さらに瓶詰めの直前に衛生フィルターを通して雑菌を取り除き生詰めする。

 8.瓶熟成

 瓶詰めしたワインは熟成庫に入れ寝かせる。ワインは瓶の中でも熟成を続け、熟成の期間はワインのタイプによって異なる。

 

・能登ワインの歴史

 能登でのワインづくりは、平成10年(1998年)、5年後に開港する能登空港を活用した地域振興策の1つとして発案された。北海道ワイン(株)がブドウ栽培に乗り出し、能登で収穫したブドウを北海道小樽市の工場で醸造するという形でスタートしたが、平成18年(2006年)、地元資本による醸造・販売会社、能登ワイン(株)が設立され、県内で初めての醸造施設が建設された。同年12月には、記念すべき能登産ワインが初めて発売された。

 

 平成23年(2011年)8月には、甲府市で開催された「国産ワインコンクール2011」において、能登ワイン(株)が出品した「クオネス ヤマソーヴィニヨン」が、国内改良等品種・赤部門で銀賞を受賞。醸造開始6年目という若いワイナリーの快挙として、全国から注目を集めた。

 

・地酒としてのワイン

 ワイナリーの周辺に広がるブドウ畑には、3年間野積みにして塩分を抜いた、地元穴水町の特産品である牡蠣の殻が、冬の間に撒かれる。ミネラルやカルシウムをたっぷり含んだ土ができ、糖度が高く、ほどよい酸味がある上質なブドウが実る。ブドウ畑は、自社農園をはじめ、一帯の契約農家でおよそ20ヘクタール。ヨーロッパスタイルの垣根式で、約20品種が栽培され、剪定も収穫もすべて手作業で行われている。

 

  ワイナリーとしての歴史は浅いものの、能登で収穫されたブドウを使い、能登で醸造される、地酒としての「能登ワイン」は、今後の能登の農業と農産物加工を考えるうえで、大きな可能性を秘めている。 

 

   写真 ブドウ畑       

 

B事例:なれずし・かぶらずし

・なれずし

 なれずし(古代鮨)とは、米が発酵するときに生じる乳酸を利用して、魚のたんぱく質を貯蔵し、酸味を魚に移して食するもので、その起源は東南アジアの山地民とされる。表U-3-2に示したとおり、なれずしの歴史は古く、稲作が日本に伝わるのと同時に伝播したとされる。

 

  穴水町下唐川(しもからこ)の9月の秋祭りには、「アジのヒネずし」が祭りごっつぉ(ご馳走)として出されるほか、能登町鵜川でも、3月頃川に上るウグイを使った「サクラウグイのヒネずし」が、古くから伝わる伝統食として現在も食されている。香りづけにサンショウや柚子の葉を加え、1ヶ月ほど漬けてから食べる。これらは、奈良時代の文献にある「鮓(すし)」といわれるものに近いと考えられ、料理史のうえでも貴重とされる。

 

・かぶらずし

 「かぶらずし」も馴れすしの一種とされるが、発酵を促進させるために米麹を入れる。その起源は、藩政後期に「宮の腰(現・金沢市金石)の漁師が、豊漁と安全を祈って、正月の儀式(起舟)のご馳走として、輪切りにした蕪に鰤の切り身を挟み、麹で漬け込んだものを出してお互いに味を競った」とも「前田の殿様が、深谷温泉(金沢市)へ湯治に来られた時の料理の一つとして出された」などの言い伝えが残っているが、起源は定かではない。

 

 『金沢市史』(風俗編)には、宝暦7年(1757年)の頃の年賀の客を饗応する料理として「なまこ、このわた、かぶら鮓」とあり、また、加賀藩の儒学者として知られる金子有斐(ありあきら=鶴村)が書き残した「鶴村日記」には、文政9年(1826)1月3日に「晴天、魚屋小兵衛方より鰤のすし(注・かぶら寿し)来る風味よろし」、1月5日に「雨天、鶴来町屋よりにしんのすし(注・大根寿し)来る」との記述がある。当時は、魚屋が漬け込み、正月用の珍味として得意先へ贈り、高い身分の者はかぶら寿しを食べ、一般の人たちは大根寿しを食べていたと考えられる。


 

 写真 かぶらずし

 

Cいしる(いしり)

 いしる(いしり)とは、日本三大魚醤の1つであり、イカや魚を原料とした能登独特の調味料である。魚醤の歴史は、大豆を原料とした醤油よりも古い。奥能登では、刺身醤油や煮物の隠し味などのほか、多くの郷土料理に使われている。

 

 材料となるイカや魚の内臓を洗わずに、粗塩をたっぷりとまぶし、樽に漬けて仕込む。麹などの発酵を促す副材料は一切加えず、自然発酵させる。初夏の頃に新鮮な材料を仕込み、盛夏の高温多湿によって発酵させ、秋から冬にかけてのやや乾いた冷気で熟成させる。冬には、樽の中の材料はとろけて、ドロリとした醤油色の液体になる。樽のまま、二年、三年とねかせると、色濃く、すっきりとした風味に仕上がる。海のめぐみと、季節の移ろいによる温度変化だけで醸し出される伝統の調味料である。

 

 同じ能登でも、志賀町から珠洲市にかけての内浦では、呼び方も原料も異なる。主に内浦では、真イカの内臓を使い「いしり」と呼ぶ。外浦では、イワシやサバなどを原料として「いしる、よしる、えしる」などと呼ぶ。それぞれの地域で漁獲量が多く、塩漬けや干物にした魚介類のさらに余ったものを原材料にしたと考えられる。


 

 写真 いしる(いしり)の仕込み       写真 いしる(いしり)料理

 

D 鰤

 冬に定置網などで水揚げされる寒鰤は、能登の特産品である。塩漬けした鰤の切り身を藁と縄で巻き、寒風にさらし熟成させた保存食が「巻鰤」であり、夏に食べる習慣がある。凝縮された濃厚な鰤の旨みは、酒のつまみとして好まれている。

 

 「巻鰤」は、冷蔵技術のない時代に、鰤を献上するための方法として考えられた。能登の黒滝城(珠洲市正院町)城主の命を受けた家臣細川刑部は、さまざまな試行錯誤の結果、「塩漬け」と「藁と縄で巻く」という方法を考え出した。漬ける技術と干す技術を組み合わせたこの方法が原型となり、現在の「巻鰤」をつくる技術が生み出されたといわれている。

 

 この特徴的な加工技術も、一時期は継承者がいなくなり、廃れるところであったが、昭和に入り再び注目され、徐々に生産が再開されるようになった。


 

写真 保存食としての巻鰤

 

E こんかいわし

 糠漬けのことを能登では「こんか漬け」という。「こんかいわし」は、イワシを丸ごと糠漬けにしたもので、天保年間、飢饉の非常食として考案され、加賀藩主代々の保護奨励を受け、現在まで伝承されている。イワシのうろこ、頭、内臓をとり、塩で2日間ほど粗漬けして水気を切った後、味付けした糠床に漬け込む。糠床は、塩、味噌、醤油、なんば(唐辛子)などを混ぜ合わせてつくるが、味付けは家ごとに違う。糀を混ぜることもある。

 

 糠を落としてスライスしたり、軽く炙るなどして、ご飯やお酒とともに食するのが一般的だが、塩分濃度がかなり高いため、アンチョビの代わりとしてイタリア料理にも使われている。


 

写真 こんかいわし

 

4)生物多様性との関わり

 近年、発酵食品は、健康食品・機能食品あるいは栄養補助食品として注目され、世界規模で生産・販売されているが、ファストフードの広がりなどライフスタイルの変容により、伝統的な食習慣が廃れ、伝統的な発酵食品の生産と消費も減少傾向にある。これは、発酵に関する伝統的な技術や知識が、継承されずに失われてしまうだけではなく、少数の発酵食品生産者に依存することともなり、発酵に関与する微生物の多様性の減少にもつながる。

 

 能登の各家庭、小規模な蔵や工場でさまざまな発酵食品がつくり続けられているということは、豊かな能登の発酵文化を継承するだけではなく、蔵つき酵母と呼ばれるような多様な微生物群を守ることにもつながり、生物多様性にも深く寄与している。

 

5)里山里海との関わり

@資源を循環させて使う技術

 能登ワインのブドウ畑では、牡蠣殻を利用した土づくりが行われている。また、いしる(いしり)の原料となるのは、その地域の漁港でもっとも多く水揚げされる魚介類である。このように能登には、里山里海の資源を循環させたり、余すことなく使い切る思想や知恵、技術があり、その中には長い歴史を有するものも数多くある。

 

A米の加工技術

 米の加工に関しては、乾燥する・漬ける・発酵させるほかにも、下表のとおりさまざまな方法がある。また、精米の際に生じる糠を使った糠漬け、米の加工品である酒を搾る際に生じる酒粕を使った粕漬け、米糀を使った糀漬けなど、加工過程で生じる副産物も余すことなく使われている。米は主食としてだけでなく、さまざまな伝統的な加工技術を育み、能登の食文化を支えている。

 

 このような加工技術や方法、知恵は、時代にあわせて継承され、加工食品などの多くの生産現場を創出するとともに、その加工品に付加価値をつけて販売することにより、経済的な効果も生み出している。

 

表U-3-4 米の加工品

加工方法

        加工品

 煮る(炊く)+つく

 おはぎ

 煮る(炊く)+発酵

 酢

 蒸す

 赤飯

 蒸す+つく

 もち

 蒸す+つく+乾燥

 かきもち

 蒸す+発酵+絞る

 酒

 炒る

 焼き米

 発酵

 糀、なれずし、塩麹

 捏ねる+茹でる+焼く

 せんべい

 加圧+炒る

 ぽん菓子

 

(資料:「食品技術発達史」食と農の科学館をもとに作成)

 

<参考文献>

北林雅康・和田学(2010)「みなと文化アーカイブス−七尾港の『みなと文化』」(財)みなと総合研究財団p.40-6

新石川情報書府「酒造り〜能登杜氏〜」<http://shofu.pref.ishikawa.jp/shofu/noto/index.html>

 (2012.1)地産地消文化情報誌「能登」vol.6 特集「能登ワインの挑戦」pp.4-15

 北陸農政局HP「北陸のすばらしい発酵食品」(郷土史研究家:岡部佐武郎 氏による)
< http://www.maff.go.jp/hokuriku/food/hakkou/hakkou_301.html>―リンク切れ

地域ブランド市場 HP<http://okunoto.chiikibrand.biz/products/detail.php?product_id=34>

ジョティ プラカッシュ・タマン「伝統的な発酵食品の効用」
国際連合大学 Our World2.0 HP
< http://ourworld.unu.edu/jp/benefits-of-traditional-fermented-foods/>